3月11日は僕の誕生日であり、また、4年前のその時からは、東日本大震災の日として記憶される日ともなりました。僕が成人してからの経過年数が、そのまま震災からの年数になるわけです。
ずっと九州にいて震災の被害を受けず、また、関東や東北の親戚・友人知人も被害を免れていたため、「あれから4年経ったのか」と、遠くに感じたのは事実です。しかし、一部では復興が進んでいるものの、多くのところではようやくその始まりの地点についたばかり、あるいはその目処すら立っていない現状を見ると、まだ震災はそこにあります。

つい先週、情報技術に関する学会発表のために福島県いわき市小名浜へ行きました。会場のホテルが小名浜の街から離れていて、しかも公共交通に乏しく、そもそもホテルから出る暇のないスケジュールであったため、街の姿すら見ることはできていませんが、学会の中の招待講演で、地元で活動をされている方の話を伺う機会がありました。いわき市における震災復興は大分取り組みが進んできているものの、中長期的な視点から見ると、まだようやく復興は始まったばかりであると感じました。講演で一番印象に残ったのは、「震災から4年が経ち、遠く離れた地域の人が震災被害をステレオタイプ化して見るようになってきている」という講演者の方の見解でした。

浜通りの方では国道6号線の自由通行が可能となり、さらに1月31日からはJR常磐線・竜田~原ノ町間の代行バスが2往復走り始め、一応ではありますが公共交通機関での往来ができるようになりました。常磐線も線路移転の上、全線復旧するとのニュースを聞いて少し安心しました。しかし、福島第一原子力発電所の廃炉作業は、僕が(生きていれば)60歳、70歳になる頃まで続くものですし、まだまだ道は遠いです。

今回の出張では、小名浜の街や、さらに足を伸ばして平地区、双葉郡の方面へ行ったりすることもできず、さらに金欠により何かしらの土産品を買うこともできなかったことが心残りでした。早いうちに個人旅行で再訪したいです。

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