当記事について
列車本数が比較的少ないローカル線に導入されている閉塞方式である「特殊自動閉塞式(電子符号照査式)」について、資料を探して調べたメモをここに記載します。随時更新します。
特殊自動閉塞式とは
特殊自動閉塞式は、単線区間における自動閉塞を実施するにあたり、単線自動閉塞式のシステムが備える安全性を保ちつつ、 停車場間の設備を少なくすることでコストを抑えて広く導入するために開発された閉塞方式です。法令上は「特殊自動閉そく式」と記述されています。
その後、さらに小規模のローカル線へも閉塞取扱の自動化を拡大するにあたり、安全性を維持したままより一層のスリム化とコスト抑制を目指した新閉塞システムが開発されました。 当時広まりつつあったマイコンや汎用のパソコンをシステム構成要素のひとつに加えつつ、閉塞の制御に無線通信技術を取り入れたシステムは「電子閉そく」と通称され、 規程上は特殊自動閉塞式の一類型となりました。この時、従来の特殊自動閉塞式に「軌道回路検知式」の補足呼称が追加されました。
→ もともとの特殊自動閉塞式についての詳細は別ページ「特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)」をご覧ください。
特殊自動閉塞式(電子符号照査式)の概念
閉塞の管理を各駅に設置した駅装置と、各列車に搭載する可搬式の車載器からなるネットワークにより行い、閉塞設定の開始手続を運転士の手により実施(赤外線入力方式の場合は閉塞解錠の開始手続も運転士が実施)することで、 コストを抑えつつ閉塞施行の省力化と集中監視を可能としたものです。
開発の歴史について、「信号保安」1986年8月号の記事『新しい特殊自動閉そく装置(その1)』にある記述を要約しますと次の通りとなります。
1980年度(昭和55年度)から基礎研究が始まり、1983年度(昭和58年度)に技術課題「電子式運転保安装置の開発」(E6073)として指定。 それから研究開発が進められ、1985年度(昭和60年度)に実用化され試験開始。その結果を受け、 1986年(昭和61年)11月1日ダイヤ改正から全国での運用開始。
国鉄における閉塞方式略称は「特殊自動B」もしくは「電子閉そく」とされました。 同時に、従来の特殊自動閉塞式の略称は「特殊自動A」とされました。
システム構成の要素
特殊自動閉塞式(電子符号照査式)の施行に用いるシステムは「特殊自動閉そく装置(電子符号照査式)」と総称されます。この装置は次の構成要素から成ります。
駅装置
駅装置はその名の通り各駅(場内・出発信号機を備える各停車場)に設置されるもので、伝送部・保安部・入出力部から成っています。 当初の設計区分では、保安部と入出力部を合わせて「保安部」と称し、もとの保安部は「保安制御部」とされていました。
- 伝送部
- 他の駅装置や運行表示装置、あるいは駅に設置している付帯設備(乗務員呼出表示灯、沿線の各種異常検出装置、発動発電機〔発々〕(エンジンを回して発電する。いわゆる非常用発電機))との間を結ぶユニットです。 送受信回路とワンチップマイコンを利用して構成され、従来はハードウェアで実現していた1ビット単位の送受信機能もマイコンが担うようにして回路を簡素化しています。 2020年代ではすべてシングルボードコンピュータで実現できてしまうレベルになりましたが、1980年代においては非常に画期的な構成でした。
- 保安部
- 駅の連動制御(転轍機・信号制御)や閉塞制御を担う、列車の運転保安に関わる最重要部分です。不測の事態、最悪の場合列車が停車場間で正面衝突してしまうような事態を決して起こさないよう、 フェイルセーフマイコンにより構成されます。フェイルセーフマイコンは、2組のマイコンがフェイルセーフプログラムを交互に実行し、処理中のデータや主要なメモリ内容を比較して、不一致が発生した場合はデータ、 もしくはハードウェアに異常ありとしてただちに動作を停止して故障の警報を出力するようになっています。連動制御盤(入換制御盤)や線路閉鎖操作盤といった、運転に直接かかわる入出力はこの保安部に直接接続されます。
- 入出力部
- 車載器と駅装置とのやり取りをするための送受信装置(UHFアンテナ)を接続して通信の入出力をしたり、駅装置が直接制御しない(制御できない)継電連動装置を備える駅がある場合に、 継電連動装置によって設定されている進路条件や、継電連動装置に入力されている在線条件を受け取る役を担っています。
地上送受信装置
車載器
伝送回線
運行表示装置(拡張機能)
運行表示装置(略称「運表」)は運行管理拠点に設置される装置で、管理する線区の運行状況を一覧できます。 装置本体は一般のパソコンです。 装置構築当初は、当時の汎用パソコンにOSとしてMS-DOS(MicrosoftがWindows以前に販売していたOS)を組み合わせ、 その上で動くプログラムはC言語を利用して開発したと「信号保安」の記事に記述があります。パソコンの機種は特に記述はされていませんが、当時の入手しやすさや、 後の時代の記事に掲載されている写真から推測すると、NECのPC-9801シリーズが活用されていたようです。
運行表示装置は特殊自動閉そく装置(電子符号照査式)の構成要素としては「拡張機能」にあたるため、閉塞施行に限ってみれば必須要素ではなく、 以下の条件にいずれも該当しない場合は設置は必須ではないとされました。
- 運転整理を行う必要がある線区
- 無人駅を線路閉鎖区間の境界とする場合
- 通過列車の運転線区である場合
しかし、運行管理用の装置を持たない状態では、従来は各駅の運転要員が実施していた列車の通過確認が行えず、 列車位置の把握のために乗務員を都度呼び出すことになりますが、運行表示装置による乗務員呼出機能(各停車場の呼出灯遠隔操作)なし、 かつ列車無線未設置の線区ですと呼び出す手段がありません。 何より、運転業務の効率化ができるのにしないのでは合理化の意味が減じられてしまいます。 結局のところ、全ての線区が条件1「運転整理を行う必要がある線区」に該当することになり、 初期設置17線区19システムすべてに運行表示装置が最初から設置されました。 その後に導入された線区も、運行表示装置を設置しなかった事例は、自分が調べられた限りでは存在しませんでした。
電子符号照査式では軌道回路検知式と異なり、閉塞手続に各列車が携帯する車載器が関与するため、 運行表示装置を備える拠点から可能な制御は進路制御・信号制御の抑止(抑止てこ)、線路閉鎖指定(線路閉鎖の実操作自体は各駅にて線路閉鎖てこを操作)、 各駅における全信号機への停止信号一斉現示など、列車を停止させたり、特定区間における工事・保守に関連するものに限られています。
仕様書によれば、運行表示装置は外部に接続している駅装置の各ユニットと「伝送入出力部」を介して通信を行います。その際の仕様のうち、ソフトウェアにかかわるものは下表の通りです。
項目 | 性能 | 筆者付記 |
---|---|---|
符号伝送方式 | RS-232C準拠 | データのやり取りの際は、現代でも機器制御に使われるシリアル通信の方式に従います。 |
処理方式 | プログラム制御 | ソフトウェアによって各種処理を記述し、リレー等のハードウェアによる内部処理ロジック構築はしません。 |
形式 | 16ビット並列以上 | CPUアーキテクチャを定めたものですが、現代であれば64ビットのシステムをあえて16ビットに制約すれば動作エミュレートが可能です。 |
クロック周波数 | 5MHz以上 | Intel 8086の下限動作周波数です。これも現代ならば低い周波数での動作をエミュレートできます。 |
表示文字 | JIS C6220(情報交換用符号) 特殊文字(図形) JIS C6226(情報交換用漢字符号系)の第1水準・第2水準 | 現規格におけるJIS X 0201、およびJIS X 0208です。いわゆるJISコードで表現される英数字、ひらがな、カタカナ、漢字を利用します。 |
メモリ容量 | RAM 128KB以上 | 現代ならこの10万倍は余裕で用意できます。 |
コード形式 | JIS準拠 | 内部の文字処理でJISコードを用います。 |
キー | JIS準拠・ファンクションキー10種以上 | ファンクションキーつきの一般的なJIS日本語キーボードを用います。 |
外部記憶部 | 640KB以上 | いわゆるストレージ容量です。現代ならこの800万倍を即時調達できます。 |
表示部 サイズ | 14インチ | 小型の縦横比4:3のディスプレイです。 |
表示部 画素 | 640×400ドット | 現代では考えられませんが、当時の解像度はこんなものでした。2000年代中盤でさえも800×600が普通にありましたし。 |
表示部 表示色 | 8色 | 現代のターミナルコンソールは基本16色・拡張256色制御をしますので、基本色のバリエーションでも満たせるスペックです。 |
印字部 印字文字 | JIS C6220(情報交換用符号) 特殊文字(図形) JIS C6226(情報交換用漢字符号系)の第1水準・第2水準 | 画面に表示する文字と同じものを印刷できるようにせよ、との要請です。 |
電源 電源電圧 | AC100V±10% | 一般の電灯線(家庭に来る電気)と同じように供給されるならばよい、という意味です。 |
電源 出力容量 | 300VA以上 | いたって普通の電源ユニットです。 |
電源 停電保障時間 | 10分間 | 今であればそこそこのUPSを接続すれば達せられます。 |
周囲温度 | 0~40℃ | 現代のコンピュータの動作保証範囲に通じます。 |
相対湿度 | 30~90% | 現代のコンピュータの動作保証範囲に通じます。 |
閉塞手続の処理手順
閉塞区間の両端の停車場で停車する場合
停車場を通過する場合
導入線区
1986年(昭和61年)11月1日、国鉄最後のダイヤ改正となったこの日から、17線区19システムでの運用が始まりました。 下記の通り、宗谷本線と姫新線が2分割収容となっているためシステム数が線区数より2個多くなっています。
この時に運用が開始された路線は、根室本線(東釧路~根室)、釧網本線(東釧路~網走)、宗谷本線(永山~名寄・名寄~南稚内に2分割)、 函館本線(長万部~小樽)、日高本線(苫小牧操車場~様似)、大船渡線(一ノ関~盛)、五能線(東能代~川部)、小海線(小淵沢~小諸)、 小浜線(敦賀~東舞鶴)、姫新線(姫路~東津山、津山~新見)、牟岐線(徳島~海部)、土讃本線(高知~窪川)、香椎線(西戸崎~宇美)、 大村線(早岐~諫早)、三角線(宇土~三角)、肥薩線・吉都線(肥薩線八代~吉松と吉都線都城~吉松~肥薩線隼人に2分割)です。
国鉄→JR
北海道総局→JR北海道
路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|
函館本線 | 長万部~小樽 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
根室本線 | 東釧路~根室 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
釧網本線 | 東釧路~網走 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
宗谷本線 | 永山~南稚内 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
日高本線 | 苫小牧(貨)~鵡川 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
- 日高本線は運用開始当時の全線(苫小牧(操)~様似間)に対して施行。
- 宗谷本線は、運行表示装置1台で管理できる駅装置数の制限(最大15個)により、永山~名寄間と名寄~南稚内間の2区間に分けて運行表示装置が設けられています。
本社直轄(旧関東支社・新潟支社管内、長野鉄道管理局)→JR東日本
路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|
大船渡線 | 全線(一ノ関~気仙沼) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
五能線 | 全線(東能代~川部) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
- 大船渡線は運用開始当初の全線(一ノ関~盛間)に対して施行。
- 小海線は2020年10月12日にATACS応用の地方交通線向け列車制御システム(無線式列車制御システム)に更新されました。 (類型としては引き続き特殊自動閉塞式(電子符号照査式)とされています。)
本社直轄(静岡鉄道管理局、名古屋鉄道管理局)→JR東海
施行区間なし
本社直轄(旧関西支社・中国支社管内、金沢鉄道管理局)→JR西日本
路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|
姫新線 | 上月~新見 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
- 小浜線は特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)に更新されました。(時期調査中)
- 加古川線は1990年10月1日に導入(赤外線式)。2004年4月に単線自動閉塞式に更新されました。(線区集中電子連動装置が導入されました。)
- 姫新線への導入当初は、運行表示装置1台で管理できる駅装置数の制限(最大15個)により、姫路~東津山間と津山~新見間の2区間に分けて運行表示装置が設けられていました。
- 姫新線(姫路~上月間)は2010年1月に自動閉塞式(特殊)に更新されました。(線区集中電子連動装置が導入されました。)上月~新見間は引き続き特殊自動閉塞式(電子符号照査式)が施行されています。 施行区間短縮により運行表示装置1台でも管理が可能な交換駅数となりましたが、運行表示装置の設置方式に変化があったかどうかは不明です。
- 境線は1992年3月に導入(赤外線式)。2015年10月4日に拠点無線式列車制御システムに更新されました。(類型としては引き続き特殊自動閉塞式(電子符号照査式)とされています。)
四国総局→JR四国
路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|
土讃線 | 高知~窪川 | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
牟岐線 | 全線(徳島~阿波海南) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
- 牟岐線は運用開始当時の全線(徳島~海部間)に対して施行。また、正式運用開始前の1986年8月11日から試験運用開始。
九州総局→JR九州
路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|
大村線 | 全線(早岐~諫早) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
三角線 | 全線(宇土~三角) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
肥薩線 | 全線(八代~人吉~吉松~隼人) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
吉都線 | 全線(吉松~都城) | 無線通信式 | 1986年11月1日 |
日南線 | 田吉~志布志 | 無線通信式 | 1993年12月 |
- 香椎線は2017年1月29日に特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)に変更されました。
- 肥薩線・吉都線は運行系統の都合、および運行表示装置1台で管理できる駅装置数の制限(最大15個)により、 人吉駅設置の運行表示装置(肥薩線八代~人吉~吉松間。水害により被災)と吉松駅設置の運行表示装置(肥薩線吉松~隼人間、および吉都線全線。 2022年3月31日の吉松駅完全無人化により現在は隼人駅に移転)に分けて管理されています。
第三セクター
事業者名 | 路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|---|
わたらせ渓谷鐵道 | わたらせ渓谷線 | 相老~間藤 | 赤外線式 | |
真岡鐵道 | 真岡線 | 全線(下館~茂木) | 無線通信式 | |
いすみ鉄道 | いすみ線 | 全線(大原~上総中野) | 無線通信式 | |
長良川鉄道 | 越美南線 | 美濃太田~美濃白鳥 | 赤外線式 | |
平成筑豊鉄道 | 田川線 | 全線(田川伊田~行橋) | 赤外線式 | 1991年3月16日 |
松浦鉄道 | 西九州線 | 全線(有田~伊万里~佐世保) | 無線通信式 | 1988年3月13日 (JR松浦線時代) |
南阿蘇鉄道 | 高森線 | 全線(立野~高森) | 赤外線式 | 1989年7月 |
-
松浦鉄道西九州線は、運行表示装置1台で管理できる駅装置数の制限(最大15個)により、Aシステム(13連動駅管理)とBシステム(8連動駅管理)に分割して管理されています。
運行表示装置はAシステム・Bシステムとも佐々駅に設置されています[鉄電協2013]。
- Aシステム:有田・蔵宿・夫婦石・伊万里・楠久・久原・今福・松浦・御厨・たびら平戸口・江迎鹿町・吉井・佐々(吉井方閉塞管理)
- Bシステム:佐々(真申方閉塞管理)・真申・相浦・上相浦・中里・左石・北佐世保・佐世保
民鉄
事業者名 | 路線名 | 区間 | 方式 | 導入時期 |
---|---|---|---|---|
熊本電気鉄道 | 菊池線 | 全線(上熊本~北熊本~御代志) | 赤外線式 | 1988年1月11日 |
熊本電気鉄道 | 藤崎線 | 全線(藤崎宮前~北熊本) | 赤外線式 | 1988年1月11日 |
※熊本電気鉄道における赤外線リモコン式導入は日本初の事例です。(『信号保安』1988年4月号(第43巻第4号))
電子符号照査式のシステムが抱える問題点
他の運行管理システムとの相互接続が不可能
電子符号照査式(電子閉塞)のシステムは、それがひとつの独立完結したシステムであり、当時存在した他のCTCのシステムや運行管理システムとの接続を意図したインターフェースは設けられませんでした。 当システムは閉塞手続が駅装置と車載器、および各停車場間の駅装置との間で完結するものであり、運行表示装置(列車の運行形態によっては設置不要)から介入できるのは信号制御抑止しかありません。 そのため、他システムと接続した場合でも列車在線情報の相互入出力ができるにとどまることから、既設CTCへの接続インターフェースを省略したのではないかと推測しています。 しかしながら、他システムとの連携が必要な場面が諸々登場することとなりました。
昔から存在した問題が、「特殊自動閉塞式(電子符号照査式)の施行区間への進入の際は、次停車場までの閉塞手続が必要なため境界駅で必ず停車する必要がある」問題です。 先に挙げた導入線区のうち、その問題が大きく表れているのが宗谷本線の永山駅です。永山駅から北、名寄・稚内方面へ行く下り列車は次の比布駅までの閉塞手続(車載器操作による出発要求)のため、 特急「宗谷」「サロベツ」も含めて全列車が停車(特急は運転停車)します。上り列車は特別な操作は不要なため、特急は通過します。一度施行区間に入ると、運行表示装置が持つ通過情報をもとに駅装置間での通信を行って、 次の停車駅までの閉塞を確保可能な限り確保するため、閉塞手続のためだけの停車は不要となります。宗谷本線以外の各線では全列車が境界駅で営業停車(利用客の乗り降りが可能)としているため、 見た目上は不自然な動きはありません。運行管理システム(あるいは他のCTCシステム)からの情報入力ができれば、車載器操作に代わって情報を電子閉塞システムに送り込んで閉塞手続ができるのですが、 その実現はもはや不可能な状態です。(後述)
JRが自社管内の運行管理をエリアに1~2個程度の大規模な総合指令センターに集中させ、運行管理システムによる各種制御を行うようになった今も、 電子符号照査式施行区間の運行管理拠点(運行表示装置の設置)は各路線の拠点駅、あるいはそこからほど近い主要駅に置かれたままとなっているようです。 近年各社が提供するようになった運行管理システムからの情報配信に基づく列車走行位置表示サービスも、 当方式による閉塞施行区間は運行管理システムが情報を取得できないため非対応となっています。 (ただし、土讃線の高知~窪川間についてはJR四国による列車走行位置表示が提供されているため、ここについては閉塞方式も含めた再調査が必要そうです。)
保守部品の調達の難しさ
電子符号照査式のシステムは、全線区で1986年11月1日から一斉に使用開始され、それからすでに38年近く(記事執筆の2024年8月25日現在)が経過しています。このシステムは当時のマイコン技術をふんだんに取り入れて構築されており、 主要部品は半導体素子となっています。半導体部品を工業製品として利用するにあたって問題となるのが、古い部品の調達が難しい特性です。
当システムの構成部品の詳細は分かりませんが、一般には半導体素子を含む情報技術関係の部品(ハードウェア)は変遷が他の工業製品と比べて非常に速く、40年前の部品をそのまま入手できる可能性はほとんどありません。 代替品も見つかるとは限りません。大規模に流通し利用されている一部のメジャーな素子(8ビットマイクロプロセッサのZ80、トランジスタの2SC1815など)であれば継続生産されるか、 あるいは同仕様の代替品生産によって長期的に入手可能ですが、ほかは短期で生産終了してしまうことがほとんどです。在庫がどこかから見つかれば幸せ、そうでなければ似た仕様の素子を探して交換可能か特性評価をするか、 システムを総取っ替えしなければならないというくらいには部品的な問題から長期保証が難しいです。産業向けはメーカーがかなり頑張って保守部品を調達、あるいは生産供給しますが、それでも40年近くとなるとかなり無理があります。
そこそこ古めの機械、鉄道分野ならばそれこそ蒸気機関車だったり国鉄時代までの電車・気動車レベルですと、引退済の同型や類似型の車両から部品を取り外して整備再利用する手法は普通に行われていますが、 この手の機器だともう基板や構成する半導体以外の素子も劣化していることが多いです。素子の互換品を探し出してひたすらハンダ付けをして取り換えるなら復活もあり得るかもしれませんが、 「かけがえのない思い出の品」でもないので、そこまで手をかける会社もないかと思われます。
ソフトウェア保守・開発者の確保の難しさ
先述の通り、特殊自動閉塞式(電子符号照査式)の運行表示装置のソフトウェアはMS-DOS上で実行され、そのプログラムはC言語で記述されているとのことでした。 そしてその環境は、現在もまだすべての現場で動き続けているそうです。どの事業者も1回も同一動作のままの最新版にリプレース(いわば「式年遷宮」)をしていないので、 40年前のソフトウェア環境がそのまま存在し続けていることになります。
開発時期から、搭載されているOSはMS-DOS Ver.2.11、もしくはVer.3.0と思われます。当時のCPUアーキテクチャは16ビット(取り扱えるデータサイズ、プログラム処理用のアドレスが最大16ビット)、 Intel 8086(あるいはその互換)CPUがもっぱら用いられていました。プログラム構築に利用されているC言語は、言語自体は2024年も健在で、組み込みソフトウェアの現場では今も主力で用いられています。 また、Intel 8086向けのバイナリコードを生成出力してくれるコンパイラが実は2024年現在も複数公開配布・販売されています。 ソースコードは閉塞装置を製造したメーカー(最近のニュースリリースを見る限り、日本信号の可能性が高いです)が、 何らかの形(ソースコードファイル、あるいは紙に印刷されて納入仕様書の一部として綴じられたもの)で持っているかもしれませんが、望み薄です。
しかしながら、ソースコードが存在し、プログラミング言語が現代においても健在だったとしても、それはただちに修正や改修が可能であることを意味しません。 システムの仕様を理解し、それを制御するためのコードがどれであるかを把握できなければ、たとえコードがあっても読み解くことはできません。 「コードがどのような命令を実行しているかはわかったが、その命令によってどのような動作が外部にもたらされるかが理解できなかった」というのでは何もできません。
改修・拡張が不可能な状態に陥っている問題
ここまでの話で、ハードウェア、ソフトウェアとも40年前のものがそのまま動いていると説明しました。情報技術の世界で40年前のハードウェアやソフトウェアを取り扱える人は稀です。 各種工作機械(旋盤など)のようにそれ自体の構造が確立しているのであれば、技術を受け継ぐことはできます。コンピュータの世界ではそうしたことは一般には行われません。徐々に改良していって、 いつの間にか元々のものとは似ても似つかないところまで変化しているか、あるタイミングでリプレースしてしまうため、過去のものが特に存在していない、というのが大部分を占めます。
古いパソコンであっても、単に利用するだけであるなら、それに見合う操作マニュアルを用意すれば、諸々の運行管理は可能です。しかし、そこまでしかできません。 先述の諸問題(特殊自動閉塞式(電子符号照査式)の区間に進入する際には全列車の一旦停車を要する、他の運行管理装置との情報連携ができない)は、 問題が現れた時代やそれに近いハードウェア・ソフトウェアで動いているなら、技術者も豊富ですし、ハードウェアも十分入手できるため、問題解決のための改修や機能追加が容易です。しかし40年も経ってしまうと、ハードウェアもない、 ソフトウェアも扱える技術者がいない、となってしまい、「使えはするけどそれ以上どうしようもない」事態に陥っています。
そうなると、「同じような機能を実現する新システムを作ってしまおう」というのが最適解となり、現に小海線(JR東日本)と境線(JR西日本)では新システムの運用が開始されています。 JR九州でも別の形での閉塞システムの研究が鉄道総研との共同プロジェクトで進んでいるとの業界誌報告(「鉄道と電気技術」2018年10月号)がありましたが、 その後大規模な実証実験に進んだとの報告もなく、それらしき設備が増えているような状況もありません。
参考文献
- 中村英夫「列車制御 ―安全・高密度運転を支える技術―」(オーム社、2011年2月、ISBN978-4-274-20992-5)
-
信号保安協会「信号保安」掲載の連載講座【特殊自動閉塞式(電子符号照査式)】
- 1986年8月号(第41巻第8号)p.409-p.414『新しい特殊自動閉そく装置(その1)』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2369853 (参照 2024-08-24))
- 1986年9月号(第41巻第9号)p.459-p.471『新しい特殊自動閉そく装置(その2)』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2369854 (参照 2024-08-24))
- 1986年10月号(第41巻第10号)p.521-p.535『新しい特殊自動閉そく装置(その3)』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2369855 (参照 2024-08-24))
- 1986年11月号(第41巻第11号)p.583-p.592『新しい特殊自動閉そく装置(その4完)』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2369856 (参照 2024-08-24))
- 信号保安協会「信号保安」1987年8月号(第42巻第8号)p.395-p.401『電子閉そく装置の開発』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2369865 (参照 2024-08-26))
- 信号保安協会「信号保安」1988年4月号(第43巻第4号)p.194-p.198『光通信方式による電子閉そく装置について ―熊本電気鉄道―』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2369873 (参照 2024-08-26))
- 日本鉄道電気技術協会「鉄道と電気技術」1990年11月号(第1巻第5号)p.40-p.43『技術資料:加古川線の電子閉そく装置』 (国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3313969 (参照 2024-08-26))
- 日本鉄道電気技術協会「鉄道と電気技術」2013年6月号(第24巻第6号)p.75-p.77『わたしの会社:松浦鉄道(株)の巻』