複線特殊自動閉塞式

作成日
2024/08/26:開設
最終更新日
2024/08/31:仕組みについて加筆

当記事について

JR九州・鹿児島本線の一部区間に導入された閉塞方式「特殊自動閉塞式(複線)」について、資料を探して調べたメモをここに記載します。随時更新します。

特殊自動閉塞式とは

列車本数が少ない単線のローカル線を自動閉塞化するために、安全性を確保しつつコストを抑制することを目指し、停車場間を1閉塞とし、 かつ停車場間には軌道回路を設けずに停車場の出入口で列車の進入・進出を検知する機構を利用して作られたのが特殊自動閉塞式です。 単線自動閉塞式と比較して、停車場間に連続した軌道回路を設けずに済むことから、信号用高圧線を敷設する必要がなくなり、コスト低減が図られています。 実装の方式により、軌道回路検知式と電子符号照査式があります。

→ 軌道回路検知式についての詳細は別ページ「特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)」をご覧ください。

→ 電子符号照査式についての詳細は別ページ「特殊自動閉塞式(電子符号照査式)」をご覧ください。

複線特殊自動閉塞式の仕組み

装置構成

複線の特殊自動閉塞式に用いる回路ユニットは、従来より存在する単線用の「特殊自動閉そく装置(軌道回路検知式)」が基礎となっており、 これに複線区間に適用する場合に生じる特有の条件に合わせた改良を加え、既存の連動装置に回路を付加する形で一体化したものとなっているようです。 特殊自動閉そく装置(軌道回路検知式)における、列車が停車場間にいる場合の「運転方向鎖錠」、および続行列車を停車場間に進出させないよう進路構成を不可能にする機構を、 連動論理により実装しています。(複線の特殊自動閉塞装置における運転方向鎖錠の論理がどのように運転保安に作用するのかはまだ理解が不足していますので、専門書を見つつ検討します。)

既存の単線用の閉塞装置に存在し、隣接停車場間の運転方向を決定して信号を制御するために存在する「運転方向回線」は、 複線であれば1本の線路には1方向にしか列車が走らないため、運転方向を変更するための「方向てこ」は設けません。 (運転方向回線に相当する通信線は「閉そく回線」として隣接停車場間に引き続き敷設接続されています。)

人為的ミスにより出発信号機が停止現示のままであるにもかかわらず、誤って駅を出発してしまった際に自駅や相手駅の関係する信号機を停止現示とする「誤出発検知」についても、 複線の特殊自動閉塞式向けの機能が追加されており、「鉄道と電気技術」の記事[1]には次の通り記載されています。

本来の進行方向である「順線」へ誤出発した場合の検出のほか、本来の進行方向と異なる「逆線」へ誤出発した場合の複線特自独自の検出回路を設けた。

単線の特殊自動閉塞装置の働きからの類推としては、順線方向への誤出発の場合は単線における「追突防止」のための動作、逆線方向への誤出発、 すなわち逆走の場合は単線における「正面衝突防止」のための動作を行うものと考えられます。

3つの停車場・A駅→B駅→C駅間の運転を例にとると、

順線誤出発時の追突防止
A→B→Cと走る列車が、B駅の出発信号機が停止現示にもかかわらず誤ってC駅に向けて出発した時、B駅の出発信号機を停止現示で固定して後続列車を決して入れさせない。
逆線誤出発時の正面衝突防止
A→B→Cと走る列車が、B駅から誤ってA駅に向けて走り始めて線路を逆走した時、A駅の出発信号機を停止現示で固定して後続列車を出発させないようにする。

通常の自動閉塞式との比較(利点・欠点)

通常の自動閉塞式と比較した場合の利点は主に信号保安設備の保守面に表れ、欠点は運転業務・輸送計画の面に表れます。 (信号保安関係に表れる欠点としては踏切制御にかかわるものがあるようですが、どのような事例が該当するかは分かりません。)

利点

設備維持管理コストの削減
停車場間の閉塞設備の多く(閉塞信号機・軌道回路関係のリレー・信号用高圧線など)が不要となります。今回の計画箇所における工事が完成すると、 閉塞信号機が77機構(信号灯および制御回路、ATS地上子および制御回路)、軌道回路77組(軌道リレー・インピーダンスボンド等)、 信号用高圧配線116kmを削減することができ、年間4,500万円(設備維持更新を行う場合、30年で8億2,500万円、設備検査費用が年間1,800万円)の費用が削減できるとのことです。

欠点

列車運転間隔の調整が難しくなる
複線特殊自動閉塞式の施行区間は、最小運転時隔が各停車場間の所要時分となります。停車場間が長い場合は列車間隔を詰めにくくなり、 ダイヤ乱れの際は列車の運転間隔調整が多々発生する可能性があります。
今回鹿児島本線で工事している区間は、大部分は停車場間が7~10km程度で、列車は8分程度で走破可能です。 しかし最終的な施行区間の中ですと、瀬高~銀水間は12.1kmあり、普通列車だと途中3駅に停車して所要時間が14分となっています。 普通列車の後を走る列車の場合は、区間の両端の駅に到着した時点で14分は空いていないと先に進めません。 (先行列車が快速列車などもっと所要時間が短い場合は、後続列車の間隔をもう少し短くすることができます。)
ちなみに、列車ダイヤはすでに工事予定全区間において特殊自動閉塞式の施行を前提として各停車場を発着する列車運転間隔に調整されているようです。
臨時列車の設定が難しくなる
最小運転時隔の制約から、臨時列車を差し込むのも難易度が高くなります。特に一方の列車の速度が非常に遅い場合は定期列車も支障するリスクが上がります。
鹿児島本線長洲~木葉間で複線特殊自動閉塞式が施行された2023年11月以降、同区間に引退直前のSLを使った臨時快速「SL人吉」がらみで定期列車支障の問題が発生していました。 SL人吉の運転日は、後を走る定期列車5342M(普通 玉名行・八代10:24→熊本11:04/11:12→木葉11:35→玉名11:42)において、時刻表や案内にない木葉→玉名間の閉塞解除待ちによる運転時刻変更が生じ、 同区間の運転時分が5分繰り下がっていたようです。自動閉塞式であれば定時運転で玉名まで走り切れる状況でしたので、 複線区間ながら単線区間の列車交換待ちみたいなことになっていたなと思うところです。この事態は2024年3月16日ダイヤ改正で解消され、3月23日にはSL人吉も引退したため過去の事象となりました。

設置状況(2024/08/30現在)

特殊自動閉塞式(複線)は、現在のところJR九州・鹿児島本線の銀水~大牟田間、および長洲~植木間にて施行されています。 計画では、2025年度末までに既設区間を含む羽犬塚~植木間で施行するとされ、予定時期は次の通り示されています。

  • 第I期(1)【2023年11月13日切替】:銀水~大牟田、長洲~玉名~木葉
  • 第I期(2)【2024年1月20日以降3月9日までに切替完了】:木葉~植木
  • 第II期(1)【2025年3月切替予定】:羽犬塚~瀬高
  • 第II期(2)【2025年8月切替予定】:瀬高~銀水
  • 第III期【2026年3月切替予定】:大牟田~荒尾~長洲

※現地状況を随時追記します。

将来的に適用可能な区間の検討

特殊自動閉塞式(複線)は、停車場間の軌道回路を撤去することにより信号設備の保守箇所を減らしつつ、停車場周辺に集中させる効果があります。 しかし、列車ダイヤ設定の自由度が下がるため、停車場間があまりにも長いような区間には適用しにくいように思います。

記事中では「当社の平均通過人員の減少が加速する区間」への導入を目指すとの記述がありましたが、 適用可能な路線が自分にはあまり思いつきません。 JR九州管内ですと他の複線区間はおおむね列車本数が多く、本数が少ない区間はそもそも単線のままになっているため、 同じ鹿児島本線で本数が比較的少なめの宇土~八代間で検討が可能か(熊本~宇土間は三角線の列車を入れるためにはこれ以上削れません。)、 あるいは筑豊本線の複線区間なら検討できそうか、といった具合です。

他事業者ですとそもそも停車場が少ないか、設備スリム化工事により待避線もろとも連動装置を撤去してしまっているため、 20km近くにわたって場内・出発信号機を備える停車場が存在しないような路線もザラです。そのような路線にそのまま適用すると、 複線である意味がないくらい目も当てられない悲惨なダイヤになるのは必定ですので、 適当な駅に「閉塞境界装置」とでも呼べそうな装置(機能を最小限にして簡素化した連動装置)を設置して閉塞区間を分割する必要がありそうです。

参考文献

  1. 中村英夫「列車制御 ―安全・高密度運転を支える技術―」(オーム社、2011年2月、ISBN978-4-274-20992-5)
  2. 日本鉄道電気技術協会「鉄道と電気技術」2024年8月号(第35巻第8号・通巻第916号)p.69-p.74『鹿児島本線 複線特殊自動閉そく導入工事について』